韓非子(その5)
22.8.26
文責 髙橋
臣下の操縦法の基本は二柄(にへい)であるが、テクニックはその他にもいろいろとある。韓非子を読んでいる上司がいれば、今でも部下の操縦法として使っているのではないだろうか。あるいは、あなたは既にその手に引っかかっているかもしれない。こんなこともあると、知っておくことは有益である。では読んでいこう。
9 臣下操縦術
臣下を使うための術を述べている。項目だけ読んでも味気ないが、たとえばの話として韓非子が集めた、説話がおもしろい。
(1) 君主が使う七つの「術」
ア 七つの術とは、次のものである。
一、参観(さんかん)…臣下たちの言葉を事実と照合すること。
二、必罰(ひつばつ)…違法著は必ず罰して、威光を示すこと。
三、賞誉(しょうよ)…功労者には必ず賞を与え、全能力を発揮させること。
四、一聴(いっちょう)…一人一人の言葉に注意し、発言には責任をもたせること。
五、詭使(きし)…わざと疑わしい話で惑わす等、詭計を使うこと。
六、挟智(きょうち)…知らないふりをして相手を試すこと。
七、倒言(とうげん)…嘘やトリックを使って相手を試すこと。
上の七つは、君主が使う術である。以下、説明する。
イ 参観
臣下の言葉は事実の確認が必要であり、一人だけの言葉を信じると君主はメクラとなり判断を誤る。
他国に使いに出る者が、王に対して「市場に虎が出たと言ったら、信じますか。」と問い、王は「信じない。」と答えた。更に「三人の者が、虎が出たと言ったら、信じますか。」と続けると、王は「信じる。」と答えた。「市場に虎が出るはずもないのに、三人が言えば王は信じると言った。私が他国で王のために働いても、これを妬む者が多く、王に讒言する者は三人以上になる。それでも王は私を信じていてくれますか。」と使者は念を押したら、王は「信じよう。」と確約した。使者は安心して出発した。
使者が出発した後、多くの者が悪口を王に吹き込んだ。使者は任務を無事に果たし、帰国したが、王は使者を疑い二度と会おうとしなかった。
これが「三人市に虎をなす」の語源である。あり得ないことでも、多くの人が噂すると、人はそれを信じるようになる。
ウ 必罰
刑罰を厳しくしなければ、禁令は行き渡らない。
悪いことをしたら必ず厳罰に遭うならば、悪いことをする者はいなくなるのに、悪人が居なくならないのは、自分は捕まらないと思っているからだ。
エ 賞誉
賞が厚く信じられるものならば人は死をも厭わない。
呉起は、立て札を立て、これを門まで運んできた者には恩賞を与えると布告した。誰も信じなかったが、一人の男が運んだので約束通り恩賞を与えた。同じようなことを繰り返して行い、人々が、自分の約束した恩賞は必ずもらえると信じるようになったので、恩賞を約束した城攻めを行った。兵は死にものぐるいで闘った。
オ 一聴
一人一人の能力を見分けなければならない。そのためには一人一人に責任を取らせることである。
音楽の好きな王さまが居て、多くの演奏者を高い給料で雇っていた。王があるとき「誰が上手か分からない」と大臣に質問した。大臣は「一人ずつ吹かせれば分かります」と答えた。この話が広まって、下手な奏者はいなくなった。
カ 詭使
臣下に対して思わぬ事を尋ねると、相手は誤魔化すことができなくなる。
大臣が部下を市場に見に行かせ、「何が有ったか」と質問し、「南門の外には牛車が一杯でした」と部下が答えたので、「このことは誰れにも言うな」と口止めし、早速、呼びつけた市場の役人を、「門の外は牛糞でいっぱいではないか」と叱りつけた。担当の役人は、大臣はこんな事まで知っているのかと驚いて、以後、職務を怠らなくなった。
キ 挟智
知っていることも知らない振りして尋ねると、知らなかったことまでも分かるようになる。
王は切った爪を隠して、役人達に「爪を探せ。」と急き立てた。すると、一人が自分の爪を切って「見つかりました。」と差し出した。こうして不誠実な役人を見つけた。
ク 倒言
嘘やトリックを使って試すと臣下の奸智が分かる。
馬の姿は無かったが、「今のは白馬ではなかったか」と嘘をついて家の者を試したら、多くの者は、「見えませんでした」と答えたのに、一人だけ外を見に行って、帰ってきた。その男は「白馬でした」と報告した。こうして不誠実な者を見つけだした。
(2)君主が、臣下や外国から致されないための、警戒すべき六つの「微」
ア 六つの「微」とは次のものである。
一、権借(けんしゃく)…権勢を臣下に貸し与えること。
二、利異(りい)…君主と利害の異る臣下が、外国の勢力を利用すること。
三、似類(じるい)…臣下がトリックを用いること。
四、有反(ゆうはん)…利害の対立に臣下がつけこむこと。
五、参疑(さんぎ)…内紛が起こること。
六、廃置(はいち)…敵国の謀略にのって臣下を任免すること。
上の六つは、君主の警戒すべきことである。
イ 権借
権力を臣下に渡すと、臣下はこれをフルに利用して、勢力を増大し、最後は君主の言うことを聞かなくなる。奥さんが召使い全てを自分の味方にすると、亭主は奥さんの浮気も正せなくなる。
ウ 利異
君臣の利害は同じではないので、臣下が真に忠であることはない。臣下が自分の利益を図るためには国に害をなしても、外の力を利用するものである。
大臣が隣の国の大臣に手紙を書いた。「あなたの力で、私が国で重きをなすようにしてください。私は、あなたをそちらの国で重きをなすように協力します」。
少し違うがこんなこともある。妻が少ない望みを祈っているので、不思議に思った夫が、もっと望みを大きくしたらどうだと言うと、これ以上望むとあなたが妾を持つようになると、答えた。
エ 似類
臣下がトリックを利用すると、君子が間違った刑罰を加え、臣下がそれによって私利を得る。
門番が水をおしっこの様に撒いて人を陥れ、恨みを晴らしたり、側室が、王のお気に入りの美女を騙して、王を怒らせ、鼻きりの刑に陥れたりする。
オ 有反
何か事件が起こったとき、犯人は誰か。利益を得る者が怪しい。それによって、損害の出る者が居たら、その臣下と利害が反する者が怪しい。
警察の捜査も同じである。
カ 参疑
国内の勢力争いは、内紛の元である。王が女色を好むと、寵姫の子によって太子の地位は危うくなる。男色を好むと、寵愛されている男が権力を握り、宰相の地位は不安定になる。これらは、内紛のもとで国を危うくする。
キ 廃置
君臣のなかを割こうとする敵の謀略は常に行われる。
敵国の有能な臣下を排除するために、内通しているような偽の手紙をわざと敵側に渡るようにして、王に疑いを起こさせる。うまくいけば、王がその臣下を処罰する。
毛利元就は、この手で尼子の内紛を起こさせた。
10 故事名言
○ 刑名参同 勤務評定の一つ。命じた通り行うことを評価する。
○ 守株 役に立たない古いことを何時までも大事にすること。「待ちぼうけ」
○ 矛盾 どんな盾をも突き破る矛と、どんな矛をも通さない盾を売っていた。
○ 逆鱗に触れる 竜の喉に逆さに生えている鱗がある、是にさわると食われてしまう。君主にもある。
○ 和氏の璧 真理、真実が容易に認められないこと
○ 唇ほろびて歯寒し 唇と歯は一蓮托生。自分にとって大切な者は守ろう。
○ 三人市に虎をなす あり得ないことでも、大勢が言うと信じるようになる。
終わりに当たって
韓非子には、他に「亡国のきざし」として47項目を列挙しているが、今回の「人間形成の道」とは趣旨が異なるので省略した。会社や組織の衰亡のきざしとして読むことができるので、機会を見て掲載する。