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人間形成の道  韓非子(その3)

投稿日:2010年8月3日 更新日:

韓非子(その3)
22.8.3
文責 髙橋

説難(ぜいなん)は韓非子が力を入れて書いたところである。生まれつき「どもり」であった彼は、折角面談しても、その話しぶりから初対面の印象が悪く、言葉で相手を説得することが苦手であった。始皇帝も謁見して、韓非子の話し方にがっかりしたといわれている。その分、彼は書くことで意を伝えようとした。
法術の士は、敵意に囲まれた朝廷にあって、君主と命がけの交渉をした。ここに書かれていることは、人を説得する方法として、今日でも参考となろう。では本文を見ていただく。

<本文>
5 説くことの難しさ(説難)

(1) 進言の難しさ
 進言するということは大変に難しいものである。まず、十分な知識を身に着けていなければならない。自分の意見を相手に理解させる弁舌がなければならない。さらに、言いたいことを憚らず言ってのける勇気がなければならない。しかし、本当に難しいのは、こういうことではない。相手の気持ちを読み取って、説くところを相手の気持ちに合致させることが難しいのだ。
 名声を欲しがる者には名声を、利益を願う者には利益を説くことが進言を成功させる方法なのだ。

名声を欲しがっている相手に、利益を説いても無視される。腹では利益を願いながら、表向き名君顔でいる相手に、名声をあげる心得を説いても、形だけの登用で終わってしまう。かといって、利益の話をしても意見だけを取り上げて知らん顔をされてしまう。
 進言とはこのように難しいと心得ていなければならない。

(2)臣下の立場で意見奏上することの難しさ。
 難しいところはまだ他にもある。以下、列挙しているが、このように進言は命がけである。
・君主が秘密に行おうとしていることを、そうとは知らずに進言すると、たとえ正しい意見であっても、秘密保持のために殺される。

・表向きのことと、裏の本当の狙いまで知る者は上と同じ理由から殺される。

・奇抜な考えを進言したことが、敵側の理解することになると、裏切り者として真っ先に疑われる。

・まだ信用されていない内に、全ての知恵を出してしまうと、策が成功しても賞せられず、失敗したら責任を取らされる。進言する者は、次の策まで予め立てておけば、引き続き重用される。

・君主の落ち度に対して道理を尽くして諌言しても、命が危ない。むしろ、悪いと自覚している君主には、逃げ道を作ったほうがよい。

・君主が行った成功の経緯を知っているだけでも危ない。大した策でもないのに、偶然や相手の失敗で大成功を収めることがある。それでも上に立つ者は、功を誇り、成果を独り占めしたいものである。

・君主ができそうもないと思っているようなことを強制したり、引くに引けなくなっていることをやめさせようとすると命が危ない。むしろ、出来そうもないことから手を引けるように理屈を作ったり、やめても大したことではないなどと君主の負担を軽くしたほうがよい。

(4)君主は我儘だから更に神経を使う
 さらに、君主というものは、我が儘なので、なおさら説くことが難しい。

・例として、つまらない人間の話をして、あなたはその様な者とは違うと話しても、そんなおだてに乗るものかと用心をする。
・君主が寵愛している者を褒めると、取り入ろうとしていると疑う。

・君主が気に入ってない者を悪く言うと、自分を試していると気を回わす。

・大雑把に話すと、何も知らないやつと思われる。

・詳しく論ずれば、知ったかぶりするやつと煩がれる。

・控えめに話すと、引っ込み思案なやつと馬鹿にされる。

・大いに意見を述べると不作法者と軽蔑される。

・人格者の話をすると、自分に対する当てこすりと思う。

 (君主はわがままというが、君主だけではない。このようにとかく人は素直でないものである。あなたのためと思って親切心で言ったことが、逆に採られることが多い。皆さんもこうした経験が在るだろう。相手が気にしていることは、知っていても、知っていると言ってはならない。言ったら友情関係はすぐに壊れてしまう。)

(4)逆鱗に触れる
龍は本来おとなしい生き物で、人間には害を加えないものなのだが、その龍ののどの部分に、逆さに生えている鱗があって、これに触れると、龍は怒って人を食い殺してしまうといわれている。君主にも絶対に触れてほしくない逆鱗がある。どこに有るか分からないこの逆鱗に触れないで、説くことが難しいのだ。

(5)それでは、相手に応じた進言とはどの様にするのか。
ア 韓非子では次のように述べている。

・相手が自慢にしていることは、ほめたたえる。

・恥としていることは、忘れさせる。

・利己的ではないかと行動をためらっている相手には、大義名分をつけ加えて、自信をもたせてやる。

・つまらないことだとわかっているのにやめられないでいる相手には、わるいことではないのだからやめなくていいと言って、安心させる。

・高い埋想を重荷にしている相手には、その理想のまちがいを指摘して、実行しないほうが良いという。

・自分の才覚が自慢の相手には、相手の計画そのものに直接ふれず、別のことを例にあげて参考資料を提供し、こちらは知らん顔をしてそれとなく知恵をつけてやる。

・他国との共存策を進言するには、まず、それが国の名誉を高めることを述べたうえで、それが君主個人にとっても得策である旨をほのめかす。

・危険な事業をやめるようにさとす場合には、名誉にかかわるというだけでなく、君主個人の利益にならないことをほのめかすのがよい。

・相手の行為をほめるときは、別の人の同じ行為を例として褒め、いさめるときには、共通点のある別の例を引く。

・不道徳な行為のために悩んでいる君主には、同様な例をあげ、たいしたことではないといって、気を楽にさせる。

・失敗して気をおとしている君主には、別の例で失敗ではないことを証明してやり、気をとりなおさせる。

・自分の能力に自信をもっている相手には、その能力にケチをつけて相手をけなしてはいけない。

・決断力に富むと思っている相手には、その決断のまちがいを指摘して相手を怒らせてはいけない。

・計略のたくみさを誇っている相手には、その計略が失敗しそうだといって相手を苦境に追い込んではいけない。

 イ このようにして、君主の立場を汲んで考えを述べ、相手を刺激しないように物を言い、そうしておいて知識と弁舌を存分にふるうのだ。そうなれば、相手は疑わずにこちらを近づけるようになり、したがってこちらは、自分の考えを十分に述べつくすことができる。長く仕えるうちに、やがて信頼は厚くなり、次のような進言も可能となる。

・秘密に立ちいって策を進言しても怪しまれなくなる。

・意見に反論を加えても罰を受けることはなくなる。

・利害をずばりと指摘して成果をあげることができる。

・是非を単刀直入に判断することで、かえってこちらの名誉は高まる。

 こうして、君主もこちらも利益を得るようになれば、進言は完成する。

 ウ 韓非子の言う「意見を述べる」とは、是は是、非は非とすることとは異なっている。是は是、非は非と言えるようになるまでに、君主の信用を得る事が大事であるとしている。
 おべっかとも言えるこの中でも、慎重に己の意見を君主に認めさせる方法には感心させられる。

 直接的に述べるのではなく、成功・失敗や上策・下策などの例を引き、利害を述べ、結論は君主自らが下したと思うように、論を展開することは今でも通用する。
 同じ事を言い、同じ事を行っても、これを善意と取るか悪意ととるかは、相手の気持ち次第である。まして、人には「逆鱗」がある。相手の気持ちを察すべきである。

(6)真実でも伝えることが難しい(和氏の璧)
 和氏(かし)の璧として有名な話がある。
 和氏が宝石の原石を手に入れ。王に献上したが、宝石と認められず足切りの体刑を受ける。宝石と認められたのは、二度の体刑を受けた後の三代目の王に献上した時である。君主の欲しがる宝石でさえ、和氏の玉の例のごとく、なかなか信じてはもらえない。まして、法術は大臣にとって不利となるもの、君主にとっては耳に痛い話となろう。反対の声は当然に大きい。君主が法術を聞く耳を持たなければ、これを説く者は現れないし、君主が固い決意で法術を実行しなければ、妨害をされてしまう。このように法術を説くことは難しいことなのだ
 (余分ながら、今の政治で、国民に痛みを伴う政策を、信念を持って説く人が何人居るであろうか。その政策に耳を傾ける国民が何人居るであろうか。和氏の璧の話は大いに考えさせられる。)

6 信じると人に制せられる(備内)(内に備える)
 ここの内容は人間不信の極致だが、実際に王朝の中で自分の地位や利益を守るために、近親で殺し合っている現状を直視したものである。
利益を得るものならば誰もが君主を陥れようと狙っている。大臣たちだけではない、妻や子も同じである。彼らを信じることは地位を失うことだ。
だから、韓非子は次のように警告する。内に備えよと。
 「人主の患は、人を信ずるにあり、人を信ずれば、人に制せらる。」血の繋がりのない臣下はもとより、子供や妻をも信じてはならない。姦臣は子供や妻をも利用して、君主の地位を窺っているものだ。世継ぎや愛妾も捨てられることを恐れて殺意を抱いているかもしれない。「君の死を利とする者おおければ、人主危し。」君主の地位は危ういのだ。
 身内の愛も利害で君主と繋がっていると見ている韓非子が、君主と大臣や家臣との関係をどのようにみているかは想像できよう。

○ 最近、テレビで韓国の時代劇がブームとなっている。君主が臣下の言葉で判断を誤り、事態を混乱させて、ドラマを面白くさせている。これを見て、つくづく思う。君主は臣下の言葉を、軽々に信用しないで、自らの目で確認せよと。
人間不信の次に、君主の陥りやすい誤りと、部下をどのように使うのかについて、(その4)につづく。

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