文責 髙橋
重職心得箇条④は13条から終わりの17条までを掲載する。14条の省くということ、15条の風儀は上からということ、17条の始めは春の様になど、考えさせられるし味わいも深い。
13 抑揚の勢
(本文)
政事に抑揚の勢を取る事あり。有司上下に釣合を持事あり。能々弁ふベし。此所手に入て信を以て貫き義を以て裁する時は、成し難き事はなかるべし。
(意訳)
仕事には、行き過ぎないよう、勢いが無くならないよう、舵取りが必要。
また仕事が上がるように人事上の考慮も必要。でも信義をもって行うならば難しくは無い。
14 手数を省く事肝要
(本文)
政事と云へば、拵へ事繕ひ事をする様にのみなるなり。何事も自然の顕れたる儘(まま)にて参るを実政と云ふべし。役人の仕組事(しくみごと)皆虚政(きょせい)也。老臣なと此風を始むべからず。大抵常事は成べき丈は簡易にすべし。手数を省く事肝要なり。
(意訳)
仕事と言うと、何か拵えなければと考えがちだが、そんなものは虚政であると。通常のことは、なるたけ簡易にして、省くことが重要。
(参考)
・「省」の意は「省みる」と「省く」の2つがある。
反省する事により無駄な事は省くので、論語で有名な三省が有る。
曽子曰く、われ日にわが身を三省す。人のために謀りて忠ならざるか。
朋友と交わりて信ならざるか。 習わざるを伝えしか。
「省」は政治の要諦。余計な仕事を増やすのでは無い。手続きは難しくするのでは無い。役所を00省というのがその意味。
参照:耶律楚材は漢人ながらも元(蒙古)に仕えて過酷な政治を和らげることに尽くした。
「一利を興すは一害を除くにしかず。 一事を生やすは一事をへらすにしかず。」
(良いことを始めることよりも、先ず悪いことを止める方が民のためである。
新しい法律などを増やして煩雑になるよりは、減らして簡単にした方がよい。)
15 風儀は上より起こる
(本文)
風儀は上より起るもの也。人を猜疑し、蔭事を発き、たとへば、誰に表向斯様に申せ共、内心は斯様なりなどと、掘出す習は甚あしヽ。上に此風あらば、下必其の習となりて、人心に癖を持つ。上下とも表裡両般の心ありて治めにくし。何分此六かしみを去り、其事の顕れたるまヽに公平の計ひにし、其の風へ挽回したきもの也。
(意訳)
風儀は上の人の行いから影響される。人のあら探しや、裏表のある態度など悪い行いを上の人が取れば、下のものはその風に染まり、治めることは困難になってくる。上に立つ人の正しき姿勢で直さなければならない。
(参考)
・まさに川の濁りは川上より起こるものである。上に立つ者、行いを正すべし。
参照:加藤清正の言葉
「上を学ぶ下、と言いて、大将少しくつろげば、下々は大いに油断するものなり、 上一人の心は、下万人に通ずるとかや。」
(下の者は上を見習うと言うが、大将がわずかでもくつろげば、下々はたちまち 油断してしまうものだ。上に立つ一人の気持ちは、そのまま下にいる万人に伝わ るという。)
16 機事は密なるべけれども
(本文)
物事を隠す風儀甚あしヽ。機事は密なるべけれども、打出して能き事迄もつつみ隠す時は却て、衆人に探る心を持たせる様になるもの也。
(意訳)
機密事項は隠さなければならないが、隠さないでよい事まで隠すのは、探る心を起こさせてよくない。
17 人君の初政は、年に春のある如きものなり
(本文)
人君の初政は、年に春のある如きものなり。先人心を一新して、発揚歓欣の所を持たしむべし。刑賞に至ても明白なるべし。財帑窮迫の処より、徒に剥落厳冱の令のみにては、終始行立ぬ事となるべし。此手心にて取扱あり度ものなり。
(意訳)
トップが替わった時、春のように部下の心を明るくわくわくとさせなければならない。刑賞は明らかにする。財政が厳しいからと言って質素倹約ばかりを言ってはならない。この手心が必要。
(参考)
上司が転勤してくると、部下は期待と不安が入りまじる。明るい上司だと、人心一新、職場が明るい雰囲気がみなぎり、誰もが喜ぶようになる。その通りだと思う。
法三章のみ・・劉邦は秦を攻撃して、最初に首都咸陽に入り次のように宣言した。
「諸君は長い間秦の過酷な法律に苦しんできた。私が王となったら法は三章だけとする。人を殺した者は死刑。傷つけたり、盗みを働いた者は処罰する。秦の定めた法は全て廃止する。」
人民は歓喜の声を挙げてこれを歓迎した。
趣旨は多少異なるが、こうした意見もある。
徳川家康
「何事も初めは厳に令して、後にゆるやかにせば、下々恐れ慎みて公法を侵さねば、自ら刑法にかかる者なし。逆に初め甘やかせば、人々を増長させてしまい、後で厳しくすれば、かえって犠牲者を出すばかりとなる。」
(始めに厳しくすれば、人は怖れて違反をしないが、始めに甘やかしておいて、後から厳しくすると、違反者が増えて犠牲が多くなる。)
葉隠にはこのような配慮もある。
「多久美作殿は老後になって家中の者に無理無情のことをなさったので。ある人が意見を中し上げたところ『これもあとをつぐわが子の為である。自分が亡きあと、枕を高くしてゆっくり休んでもらおう』といわれたという。
先代が隠居するまえに、家中の者に対して無理な仕打ちなどあれば、代が変わってから家臣たちは新しい主君に早く懐くものであるというのだ。」
(主人が老後になって家の者に無理なことを言い出した。友人が訳を尋ねると、「隠居した後、息子の代となって、家の者が早く新しい当主に懐いて貰うためだ」と答えた。)
まとめ
最後までお付き合いを戴き感謝致します。この重職心得箇条を一読だけにせず、折りに触れて活用すると、単なる知識でなく大いに見識を養う事になる。また、難問題に取り組むときは、見識のさらに上の胆識、すなわち実行力を身に付ける上で役に立つと思う。
先哲、先賢の言葉や行いを学んでこれを実生活に生かしていく、これを活学という。勉学修養あるのみと自戒している。
-完-