文責 髙橋
重職心得箇条③は、9条から12条までを掲載します。9条の刑賞与奪の権は上に立つ者の専管事項。使い方はリーダーの永遠のテーマ。10条の物の見方。12条の人の意見を採用する度量など味わっていただきたい。
9 刑賞与奪の権
(本文)
刑賞与奪の権は、人主のものにして、大臣是を預るべきなり、倒に有司に授くべからず、斯の如き大事に至ては、厳敷(きびしく)透間(すきま)あるべからず。
(意訳)
刑賞与奪の権はトップの権限、まさに大権である。だから重職が預かり、決して人に任せてはいけない。
(参考)
・これは江戸時代の考え方で、今では内容に矛盾がある。トップの権限は重役にも渡してはならないと思う。
・韓非子はこれとは別の言い方をしている。
「刑賞与奪の権は君主が臣下を統率する手段である。これは君主自ら握るべきだ。 もし君主が刑賞与奪の権を自分で使わずに、臣下に任せてしまったら、人心は君主を離れ臣下に集まる。そうしたら君主は臣下の言うことを間かなければならないようになってしまう。」
・兵法書に「大将の仕事は、方向を示し、諸将の心をとらえ、賞罰を明確にすること」とある。この大事をおろそかにしてはならない。
10 軽重・緩急の判断
(本文)
政事は大小軽重の弁を失ふべからず。緩急先後の序を誤るべからず。徐緩にても失し、火急にても過つ也、着眼を高くし、惣体を見廻し、両三年四五年乃至十年の内何々と、意中に成算を立て、手順を逐て施行すべし。
(意訳)
政事においては、軽重・緩急の判断を誤らないことが大切で、そのためには物の見方の3原則、すなわち高い視点で本質を見る、総合的に複眼的に見る、長・中期的に見ることが必要と述べている。そして、成算が立たら、一つ一つ実行すべし。
(参考)
・仕事は結果の予測、算を立てる事の重要性を述べている。
参照 孫子(始計)
それいまだ戦わずして廟算して(作戦室の中で案を巡らして)勝つ者は、算得る事多ければなり。…
算多きは勝ち、算少なきは勝たず。しかるをいわんや算なきにおいてをや。
11 包容の心
(本文)
胸中を豁大(かつだい)寛広(かんこう)にすべし。僅少(きんしょう)の事を大造(たいそう、普通は大層)に心得て、狭迫なる振舞あるべからず。
仮令(たとえ)才ありても其用を果さず。人を容るヽ気象と物を蓄る器量こそ誠に大臣の体と云ふべし。
(意訳)
人間の胸の中は、広く大きく緩やかでなければならない。コセコセとするな。たとえ能力が有っても狭い心では役には立たない。人やものごとを入れる度量こそ上に立つ者の本体。
(参考)
「僅少の事を大造に心得て」とあるが、誰でも始めは小さな事でも大層なことと考えてしまう。経験を積んでいくうちに、大層なことも大層で無くなる。今の苦労は将来の教師である。(実体験から)
12 私心・私欲があってはならない
(本文)
大臣たるもの胸中に定見ありて、見込たる事を貫き通すべき元より也。然れども又虚懐公平にして人言を採り、沛然(はいぜん)と一時に転化すべき事もあり。此虚懐転化なきは我意の弊を免れがたし。能々視察あるべし。
(意訳)
仕事は、フラフラしてはいけないが、頑迷一筋もよくない。それを仕切るのは見識の有る重役の仕事。定見を持って方針を貫く腹と、虚心坦懐、私心・私欲を持たず人の話を受け入れて大転換を敢行する勇気も必要である。
(参考)
・人の忠告は不愉快で耳に痛い言葉だが、ここに、度量が大きいと言われている徳川家康の言葉がある。
「およそ人の上に立ちて諌を聞かざる者、国を失い、家を破らざるは、古今ともこれなし。」
「主人の悪事を見て、諌言をする家老は、戦場にて一番槍を突きたるよりも、遥かに増したるこころねなるべし。」
・沛然と…市場に大雨が突然降ってきたように、大変な勢いで状況が転換すること。
-④に続く-