上に立つ人の心得 「重職心得箇条」を読む
文責 髙橋
昔の仕事柄、リーダーシップについて学びつつ実践してきたが、リーダーシップは社会人としても剣道人としても、日常の生活で役に立つことが多い。また、大池のOBの人達にも多少興味が有ると思うので、直接剣道には関係しないことだが、掲載することにした。
リーダーシップに関する著書の中でも、この「重職心得箇条」は、書かれている内容が全部で17条と少なく、しかもコンパクトにまとまっているので、初めての人でも取っつきやすい。また、大いに参考になると思うので、17条ある項目を、数回に分けて読んでいきたいと思う。
始めに
「重職心得箇条」について
著者は佐藤一斎、江戸末期(1772~1859)の人。美濃(今の岐阜県)岩村藩の家老の子。昌平黌(江戸幕府の学校)の塾頭(今なら東大の総長)となり、佐久間象山や山田方谷等に感化を与えた。安政6年に88歳で亡くなる。「重職心得箇条」の他、言志四録などが有名。
「重職心得箇条」は、佐藤一斎が岩村藩の家老の為に選定した17条の憲法ともいえる内容で、噂を間いて各藩がこれを競って写した。明治になって忘れられていたが、東大の図書館で原稿が発見され、安岡正篤氏がこれを世に広めてから、識者の間で注目されてきた。
17条には、次の内容が書かれている。
1 「人物」の条件とは
2 大臣の心得
3 時世につれて変えるべきは変える
4 「きまり」に拘らない
5 機に応ずるということ
6 活眼にて物を見る
7 小量の病
8 「世話敷と云はぬが能きなり。」
9 刑賞与奪の権
10軽重・緩急の判断
11包容の心
12私心・私欲があってはならない
13抑揚の勢
14手数は省く事肝要
15風儀は上より起こる
16機事は密なるべけれども
17人君の初政は、年に春のある如きものなり
以下、本文に意訳・参考を付けたので味わっていただきたい。
「重職心得箇条」①
1 「人物」の条件とは
(本文)
重職と申すは、家國の大事を取計べき職にして、此重の字を取失ひ、軽々しきはあしく候。
大事に油断ありては、其の職を得ずと申すべく候。先づ挙動言語より厚重にいたし、威厳を養ふべし。
重職は君に代るべき大臣なれば、大臣重ふして百事挙るべく、物を鎮定する所ありて、人心をしつむべし、斯の如くにして重職の名に叶ふべし。又小事に区々たれば、大事に手抜あるもの、瑣末を省く時は、自然と大事抜目あるべからず。斯の如くして大臣の名に叶ふべし。凡そ政事名を正すより始まる。今先づ重職大臣の名を正すを本始となすのみ。
(意訳)
重職というのは大事を取り扱う職なので、軽々しい人物では務まらない。重々しく威厳があって、大所高所から判断できる人でなければならない。
重職はトップに代わって実務を行う立場なので、みんなの中心にどっしりとしていなければならない。そうすれば、情報や仕事もスムーズに流れていくし、難しい事柄も的確に判断し指示していけるので、部下も落ち着いて仕事に係れる。これでこそ重職の名に値する。
目先の細かなことに気を奪われていると、大切なことにぽかをする。些細な事は省いて、大事なことに気を使っていれば大きな失敗はしないものだ。これでこそ大臣という。
大臣重職と言うように、まずどっしりとせよ。
(参考)
・重織・重役とは、「重」の字のようにドッシリとしていなければならない。
東洋的な人物観では、重厚にして、威厳ある人を人物という。
呻吟語という書物では、「深沈厚重なるは、これ第1等の資質。磊落豪勇なるは、これ第2等の資質。聡明才弁なるは、これ第3等の資質。」と言っている。
深沈厚重な人とは、どこか深みがあって、落ち着いている。厚みや重みがある人。
磊落豪勇な人とは、大きな石や大木がゴロゴロしているような線の太い人。
聡明才弁な人とは、頭がよく才があり、弁の立つ人。……頭の良い人は第3等の人物だ。なるほどと思う。
・真ん中でドッシリしていると、物事も定まり、人心も落ち着くものだ。良い組織には必ずそうした人が居る。
・大事・小事については、「小事こそ大切に」との言も多い。合わせ参考に。
例1 戦国武将語録 藤堂高虎
小事は大事、大事は小事と心得べし。
(つまらぬ事だと患って油断すると大事になる事がある。大事な時は慎重になり遇ぎてかえって失敗する事がある。)
例2 葉隠 山本常朝
直茂公の御壁書に「大事の思案は軽くすべし。」とあり。一鼎の注には「小事の思案は重くすべし。」と致され侯。大事というは、2、3筒条ならではあるまじく侯。これは平生に詮議して見れば知れているなり。これを前廉に思案し置きて、大事に時取り出して軽くする 事と思はるるなり。兼ては不覚悟にして、その場に臨んで軽く分別する事も成りがたく、図に当たる事不定なり。然れば兼ねて地盤をすえて置くが「大事の思案は軽くすべし。」と仰せられ侯箇条の基と思はるるなり。
(「大事の思案は軽くすべし。」「小事の思案は重くすべし。」とは次のような理由だ。
大事と言うことは2,3箇在るかどうかだ。日頃から検討しておけば、いざというときにすぐ対応ができる。検討しておかないと大事なことに判断を誤ってしまう。しっかりと準備しておけと言うことだ。)
・政事は名を正すこと、大義名分を立てる事が物事の始め。
2 大臣の心得
(本文)
大臣の心得は、先づ諸有司の了簡を尽さしめて、是を公平に裁決する所其職なるべし。
もし有司の了簡より一層能き了簡有りとも、さして害なき事は、有司の議を用るにしかず。
有司を引立て、気乗り能き様に駆便する事、要務にて候。又些少の過失に目つきて、人を容れ用る事ならねば、取るべき人は一人も無之様になるべし。功を以て過を補はしむる事可也。又賢才と云ふ程のものは無くても、其藩だけの相応のものは有るべし。人々に択り嫌なく、愛憎の私心を去て、用ゆべし。自分流儀のものを取計るは、水へ水をさす類にて、塩梅を調和するに非ず。平生嫌ひな人を能く用ると云ふ事こそ手際なり、此工夫あるべし。
(意訳)
上に立つ者の心得とは、部下の能力を総て出さして、これを公平に裁決することだ。
部下がアイディアを持ってきた時に、それよりも自分の方によい考えが有ったとしても、部下の案でも害が少ないと判断したら、部下の考えを採用したらよい。部下を立てて、やる気を出させることは上に立つ者の心得だ。部下の小さな失敗を咎めて、仕事から外してしまうと、そのうち仕事をさせる部下は居なくなってしまう。マイナス評価ではなく成功を評価するプラス評価の方がよい。また、賢才というほどではなくとも、その組織に相応しい能力を持っている者は居るはずだ。好き嫌いやえり好みを去って、人を使うべし。自分好みの人だけを集めて使うのは、水に水をさす様なもので、塩梅(あんばい)が良いとは言えない。平素嫌いな人を使い切ることが手際ということだ。良く工夫せよ。
(参考)
・色々な人を上手に使う事が重職の心得
部下に意欲を持たせるためには、よく意見を言わせる、公平に裁く、部下の考えで仕事をさせる、評価をしてやる。今でもこの通り。
・小さな失敗であいつは駄目だと切り捨てずに、チャンスを与える度量が大切。
よくあることは、今まで大きな活躍をしていた人が、たった一度の小さな失敗の ために、今までの成果の全てを否定されることだ。
小過をもって大功を奪うな。
・適材適所、誰でも取り柄がある。
人ザイについて、このような漢字が当てはまる。人財・人材・人在・人罪。人財といわれるような人物になろう。
参照:西郷南洲遺訓より
「人材を採用するに、君子小人の辨酷に過ぎる時(君子だ小人だと人物の評価を厳しく区分しすぎると)、かえって弊害あるものなり。なんとなれば開闢いらい(歴史始まって以来)世上一般に十に七八は小人なれば(ほとんどの人は小さなつまらない人間だから)、よく小人の情を察し、その長所をとり、これを小職に用い、その才芸をつくさしむべきなり。」
・好き嫌いで人を使わない。
自分に近い考えの者ばかりを使うのは、「水に水さす類」、意外な成果は出てこない。
色々な考え方を持ったメンバーで仕事をすると、思わぬ成果が上がる。最近は異業種間で共同して取り組むことがはやっている。
・「塩梅を調和する。」普通は按配。
・「平生嫌いな人を能く用いるという事こそ手際なり。この工夫あるべし。」
これ名言、使う人の器量が分かる。
―②に続くー